広報なかわだ2月号をアップしました

Remember that you are dust, and to dust you shall return.

 今月18日の灰の水曜日から四旬節が始まります。それで、灰の水曜日についてお話します。

 ユダヤ人の慣習の中に、ヨム・キプル(Yom Kippur/大贖罪日)という日があります(レビ記16章参照)。「ヨム(Yom)」は日、「キプル(Kippur)」は贖罪を意味し、個人ではなくイスラエル民族全体が神の前で、1年間の罪を告白し、赦しを求める日です。彼らは25時間の断食と悔い改めの祈りを通じて、神との関係を回復しようとしました。この日、灰をかぶったり頭にのせたりすることはありませんでしたが、灰をかぶる行為自体は、ユダヤ人にとって非常に馴染み深い慣習でした。旧約聖書の登場人物たち(ヨブ、ダニエル、ニネベの人々)は、神のいつくしみを求める際、頭に灰を振りまき、粗い麻の服をまといました。これは自分を極限まで低くし、神の憐れみを願う切実な思いの表現で単なる宗教的なパフォーマンスではなく、内面の状態を外的に表す強力なしるしだったのです。このように、聖書において「灰」は人間の有限性と贖罪の象徴であると言えます。

 灰の水曜日のミサにおいて、司祭が灰を額に塗りながら「あなたは塵であり、塵に帰って行くのです」(創世記3:19)の勧告も、これと同じ意味を持っています。しかし、灰の水曜日が持つ意味は、単に過去の伝統を継承することにとどまりません。「あなたは塵であり、塵に帰る」、すなわち「死を覚えよ(Memento Mori)」というメッセージは、私たちに人生の優先順位を再確認させます。永遠であるかのように思えるこの世の価値が、結局は灰のように消え去るものであると悟る時、私たちは初めて本質的な人生の意味と神との関係に集中することができるのです。

 毎年巡ってくる灰の水曜日ですが、額に灰を塗る行為を通じて、自らの内面を振り返る恵み豊かな灰の水曜日、そして、四旬節となりますようお祈りいたします。

教皇レオ十四世の目指す教会の在り方を解説していただきます。是非、ご参加ください!